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祗園祭2008 〜過去記事リンク集
7月1日、祗園祭の「吉符入り」が始まりました。
いよいよ、2008年祗園祭シーズンの幕開けです!

いろいろと調べて書きためた祗園祭関連の過去記事へのリンクを貼っておきます。この記事は7月中はトップに置いておきます。どうぞ活用してくださいね^^。

ご好評いただいている、@まけ作成の「山鉾&巡行コースMAP」へのリンクを貼っておきます。宵山散策や巡行見学にご利用ください! コチラ →

2008年のトピックスについては10日過ぎには出揃うと思うので、その頃にUPしたいなと思っています。

関連ブログ記事
【2007年の記事】
祗園祭2007 〜鉾建て (07.7.12)
7月10日頃から始まる「鉾建て」(山鉾の組み立て)。釘を一本も使わない“縄絡み”という伝統的な手法で組み立てられます。組み上がると懸想品で覆われてしまうので、見られるのは、ある意味貴重な経験かも?

祗園祭2007 〜注目のトピックス (07.7.10)
祗園祭が近づくと、毎年どこそこの鉾が見送りを新調したとか、ニュースになります。そうした2007年注目のトピックスをからめて宵山での見どころをご紹介しています。

【2006年の記事】
還幸祭に行ってきましてん 〜大迫力レポ! (06.7.25)
八坂神社の三柱の神々は、17日の「神幸祭」で四条寺町の御旅所へお出ましになり、24日の「還幸祭」で八坂神社へお戻りになります。山鉾巡行は、この露払い的な意味合いを持っています。
お神輿さんを担ぐ男前たち。たまりませ〜ん!(*/∇\*) キャっ
この時は、ちっこい未来のオトコマエにも逢えました。

祗園祭 vol.10 最高潮! 神幸祭と還幸祭 (06.7.22)
祗園祭の中心的行事である「神幸祭」「還幸祭」について。

町かど写真館 〜宵々々山 (06.7.21)
2006年7月14日の宵々々山でのスナップ集。

祗園祭 vol.9 祗園祭とハモ (06.7.19)
祗園祭の“祭魚”、ハモについて。

宵々々山レポ 〜新町編 (06.7.18)
2006年7月14日の宵々々山レポ後編。
山鉾が集中する新町通りを中心に。

宵々々山レポ 〜室町編 (06.7.14)
2006年7月14日の宵々々山レポ前編。
室町三条からスタート! 室町通りを中心に。

祗園祭 vol.8 宵山の歩き方 〜その2 (06.7.13)
「宵山」情報。トイレ情報や@くみ的注目の限定グッズなど。

祗園祭 vol.7 宵山の歩き方 〜その1 (06.7.12)
「宵山」の時、有志の旧家が秘蔵の屏風などを座敷に飾り、見られるように開放します。通称「屏風祭り」。宵山の見どころの一つです。

祗園祭 vol.6 ご利益でみる山鉾 (06.7.11)
32基ある祗園祭の山鉾。
恋愛、出世、学業の3つのご利益からそれぞれピックアップしてみました。

祗園祭 vol.5 祗園祭に纏わる逸話 〜その2 (06.7.10)
祗園祭の粽に書かれた“蘇民将来”とは、何ぞや。

祗園祭 vol.4 祗園祭に纏わる逸話 〜その1 (06.7.7)
そもそも「祗園」とは、何なのか?

祗園祭vol.3 祗園祭の山と鉾 (06.7.5)
祗園祭の山と鉾の違いや、2006年のトピックスについて。

祗園祭 vol.2 祗園祭ってなに? (06.7.4)
祗園祭の由来について。

祗園祭 vol.1 主な日程 (06.7.3)
7月の1ヶ月間にわたって行われる祗園祭。その日程について。

。・:*:・゜☆ 。・:*・・゜☆ 。・:*:・゜☆

昨日は祭りシーズンの幕開けにふさわしく、カラッと晴れ上がりました。宵山や巡行、お神輿さんの時も晴れるといいなぁ。大抵、宵山前後に大雨がザ〜ッと降って梅雨明け、というパターンが多いんですよね。

どうぞ、祗園祭の全ての行事が無事に終わりますように。

〜 * 〜 * 〜 * 〜

祗園囃子を聴くと、ワクワクします。(@くみ)

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葵祭 〜路頭の儀、女人列
お約束どおり、今回は葵祭「路頭の儀」の女人列の様子です。

葵祭、路頭の儀 〜斎王列について
「路頭の儀」の行列の最後を飾るのが、斎王代を中心とした斎王列。斎王の前後には大勢の女官達が付き従います。当時の風俗をできる限り忠実に再現した行列の中でも、女人たちの華やかな装いには思わず目を奪われてしまいます。

葵祭_斎王列01

葵祭_斎王列02

↑の女性たちは「女嬬 (にょじゅ)」。女官の下に位し、雑用一般を担当する役目で通常は無位ということです。

葵祭_斎王列03

美しい花傘をさしかけられているのは女官の「命婦 (みょうぶ)」

葵祭_斎王列04

続いて…。愛らしい「童女 (わらわめ)」たち。行儀見習いに宮中に出仕している少女たちです。葵祭の斎王列では、斎王代の介添え役をつとめています。

葵祭のヒロイン、斎王代
いよいよ葵祭のヒロイン、斎王代の登場です。
平安時代は未婚の内親王や女王 (にょおう) が選ばれて斎王となっていましたが、現在は京都市在住の未婚女性がこの役を務めています。

葵祭_斎王列05A

斎王代の装束は「五衣裳唐衣 (いつつぎぬものからぎぬ)」。いわゆる十二単。額に金枝に銀の梅花がついた「心葉 (こころば)」を立て、「平額 (ひらびたい)」という飾りをつけて櫛をさし、左右に白絹を編んだ「日蔭糸 (ひかげのいと)」を垂らします。

葵祭_斎王列05C
2008年、斎王代の装束が新調されました!

手には桧扇を持ち、「腰輿 (およよ)」に乗っています。「腰輿」は意外に小さくて、これでは足がしびれないように姿勢を変えるのも無理やろうなぁと思いました。。。

葵祭_斎王列05B

斎王代の装束は約30キロあり、着付けには2人がかりで3時間ほどかかるのだそうです。斎王代に選ばれた方は抱負として口々に「体力をつけてのぞみたいと思います」とおっしゃいますが、ほ〜んとタイヘンですね、これは。
(※ 参考:平安時代の公家女房晴れの装い → )

斎王のお住まいである「賀茂斎院」は、現在の廬山寺通りの北側、大宮通りの西側付近にありました。毎年4月の中の酉の日に行われていた「賀茂祭 (葵祭)」の日、斎王はここからご出発になり、一条大宮辺りで勅使列と合流し、そのまま一条大路を東へ行って、賀茂の両社へ行かれたそうです。

祭の数日前に斎王は賀茂川で御禊をされます。『源氏物語』の光源氏の正妻・葵の上と年上の愛人・六条御息所による有名な“車争い”の場面は、この御禊の行列を見物するときに起きた、ということです。

葵祭_斎王列06

葵祭_斎王列07
内侍たち

現在の女人列に戻りましょう。傘をさしかけられている女官は「内侍 (ないし)」。天皇や皇后とも直接口をきくことを許されている、先の命婦よりも高位の女官とのことです。

葵祭_斎王列07
女嬬

斎院に仕える内侍以下を監督する役目の最高位の女官、「女別当 (おんなべっとう)」役の方がココで通過されたはずなんですが…。見逃しました。先の「内侍」と「女別当」は腰に裳をつけているそうです。

葵祭_斎王列08
釆女

彼女らは「釆女 (うねめ)」です。「釆女」というと奈良時代を思います。そして、天皇の愛を失ったのを嘆いて猿沢池に身を投げたという悲しい愛のお話。

葵祭_斎王列09
釆女後ろ姿

当時は天皇・皇后の側近くに仕えて身の回りの世話などをしたそうです。平安時代以降は廃れて特別な行事の時のみの役職になったそう。

現在も大嘗祭・新嘗祭の時に女官が釆女装束を身につけて奉仕されるそうです。(※ 参考:釆女 (江戸時代) → )

葵祭_斎王列10

次は斎王に仕える巫女 (みかんこ) の「騎女 (むなのりおんな)」。凛々しく美しい6人の女丈夫。

葵祭_斎王列11

平安時代の女性がこうして馬に乗っていた、ということに驚きました。穢れや忌むべきもの一切を近づけずに過ごす斎王の身辺警護をしていたのでしょうか? 詳しいことはわかりませんが、カッコいいです!

葵祭_斎王列13

葵祭_斎王列14
陪従

続くは「陪従 (ばいじゅう)」。歌楽を演奏する人たちです。

葵祭_斎王列15
「あれえ?」「ん、どした?」

女人列の最後は桜花で飾られた斎王代の「牛車」。ここでちょっとハプニング。牛の手綱をとる赤い衣裳の「牛童 (うしわらわ)」が、ポロッと手綱を落としてしまいまいした。もうちょいで下鴨神社やで、ガンバれぇ!

葵祭_斎王列16

下鴨神社で狂言の奉納や「走馬の儀」という祭儀が行われた後、行列は上賀茂神社へ向かいます。

。・:*:・゜☆ 。・:*・・゜☆ 。・:*:・゜☆

葵祭は見る場所によって違った趣が楽しめると思います。私たちが見たのは出町橋の上。晴れ渡った青空、輝くような新緑に包まれた川原や山々、賀茂川の流れを背景に繰り広げられる平安絵巻。

葵祭_斎王列17
賀茂大橋。亀石の上は大行列になってました

古の人々は春から夏へ向かう季節の、はじけるような生命力を“神が再生する”と考えたのでしょうか。少しだけ御蔭祭や葵祭の意味を理解したような気がします。
   作物がよく実りますように。
   悪い病気が流行りませんように。
   災害が起きませんように。
ただ、ひたすらに神に祈るしかなかった時代から一千年。それから私たちは果たして進歩したのか、どうかのか。ふとそんな事を思いました。

〜 * 〜 * 〜 * 〜

平安時代のコスプレ (?) でパレードしてるだけかと思ってました。それはそれで好きなんですけど。 (@くみ)

関連ブログ記事
葵祭 〜路頭の儀、本列 (08.5.26)
路頭の儀での勅使列について。

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葵祭の前儀、御蔭祭について。

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葵祭の由来についてカンタンに。

〜 * 〜 * 〜 * 〜

この「彩色写真」はお土産としても人気があったようです。私の友だちや知人が、もしかしてこの写真に写った人の子孫かも、と思うと不思議な気持ちになります。そして、日本の建築はほんとに“木と紙”でできてるんやなぁ〜、と実感しました。

幕末・維新彩色の京都
幕末・維新彩色の京都
モノクロ写真に着色した「彩色写真」の数々。
当時の面影を探して歩くのも一興かも。

葵祭の写真もあります。出町橋を渡って下鴨神社へ向かう行列と見物人を撮ったもの。その橋が今と全然違う! 欄干もなく細くて壊れそうで、牛車が通るともういっぱい。だから、見物人は賀茂川から見上げています。そう、賀茂大橋の写真↑で写ってる場所に立ってるんですね〜。

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葵祭 〜路頭の儀、本列
5月15日。
雲一つなくすっきりと晴れ渡った空。これ以上ない祭日和の中、葵祭のハイライト「路頭の儀」が行われました。行列の様子をUPします。たくさんになったので、勅使を中心とした本列と斎王列の2つに分けたいと思います。

葵祭 〜由来と3つの祭儀について
京都三大祭りの一つ、葵祭は、「上賀茂神社 (賀茂別雷神社)」「下鴨神社 (賀茂御祖神社)」の例祭です。

もとは平安京がつくられる100年以上も昔、欽明天皇が国内を襲った飢饉や疫病を鎮めるために、勅使を遣わして“賀茂大神”に祭礼を行ったのが始まりです。

正式名称は「賀茂祭」。平安時代以降は勅祭として行われ、当時は“まつり”と言えば、この「賀茂祭」でした。

平安時代は盛大に行われた「賀茂祭」も、室町時代中頃から次第に衰え、応仁の乱以後は全く廃絶されました。その後、200年後の元禄時代に再興され、途中国際情勢の変化などによる中断もありましたが、昭和31 (1956) 年には斎王代を中心にした斎王列も復興されました。

祭は、3つに別れていました。現在は行われていない、宮中で天皇が勅使に御祭文と御幣物を授ける儀式の「宮中の儀」。天皇の代理である勅使が大勢の供を従えて両神社へ行列してゆく「路頭の儀」。両神社で勅使が御祭文の奉上や御幣物 (お供え物) の奉納を行う「社頭の儀」です。

葵祭、路頭の儀 〜本列について
「社頭の儀」は、最近まで未公開であったため、“葵祭”と言えば一般的に「路頭の儀」をイメージすることが多いのではないでしょうか?

では、ここで行列の構成を。葵祭の行列は総勢511人、長さは約700メートルになり、5つの列に分けられます。第1列〜第4列までは、祭の主役である勅使の列になります。

第1列 〜警護の列
第1列は、行列を警護するためのもの。
主なメンバーは、「検非違使 (けびいし)」「山城使 (やましろづかい)」になります。

葵祭_勅使列01
赤い装束 (左方、さかた) と黒い装束 (右方、うかた) の乗尻

行列を先導するのは「乗尻 (のりじり)」と呼ばれる人々。彼らは5月5日に行われた上賀茂神社「競べ馬」の騎手です。左右各3騎。

葵祭_勅使列02
騎馬の検非遣使志 (けびいしのさかん)

「検非違使」は現在の警察・裁判所にあたります。「山城使」は、山城介 (やましろのすけ、つまり山城国司の次官) です。これは、賀茂の上下両社は洛外にあり、山城国の管轄だからなのだそうです。

葵祭_勅使列02B
検非遣使尉 (けびいしのじょう)

「乗尻」に続いて、「検非遣使志 (けびいしのさかん)」「検非遣使尉 (けびいしのじょう)」が、「看督長 (かどのおさ)」「火長 (かちょう)」「鉾持 (ほこもち)」などを従えて騎馬で通り過ぎてゆきます。

続いて「山城使 (やましろづかい)」が大勢の従者と共にゆくのですが…。撮り損ねました。m(_ _)m

※ 行列の構成についてはコチラを参考にしています。
  「京都観光協会」葵祭:行列 →

第2列 〜天皇からのお供え物の列

葵祭_勅使列04
御幣櫃。担ぐのは白丁 (はくてい) と呼ばれる従者

2番目の列は、天皇から賀茂の上下両社の神様へのお供え物の列です。ご祭神が下社二柱、上社1柱いらっしゃるので、御幣櫃は全部で3つあります。

葵祭_勅使列05
内蔵寮史生 (くらりょうししょう)

「内蔵寮史生 (くらりょうししょう)」は、御幣櫃を管理する内蔵寮の役人 (文官)。

葵祭_勅使列06
馬寮使 (めりょうづかい)

次いでゆくのは「馬寮使 (めりょうづかい)」。上下両社の神様に引き回してご覧に入れる「走馬 (そうめ)」を司る役人 (武官) です。

葵祭_勅使列07
この牛車は霊元天皇からの下賜品なのだそう。

第2列を締めくくるのは「牛車 (ぎっしゃ)」。これは勅使のためのもの。周囲をフジとカキツバタで飾り、優雅な雰囲気を醸し出しています。

第3列 〜勅使の列
第3の列は、行列の主役である勅使の列です。
「勅使 (ちょくし)」の前を騎馬で行くのは6人の「舞人 (まいうど)」

葵祭_勅使列08A
舞人 (まいうど)

神前で「東游 (あずまあそび)」という舞を奉納する彼らは武官なのだそうです。これは意外でした。

「東游」については、先にご紹介した「御蔭祭」の記事をご覧くださいませ。

葵祭_勅使列08
黄色い衣裳は、「朧 (くとり)」と呼ばれる役人。
勅使ののる馬の口を取る。

さて。いよいよ葵祭「路頭の儀」の主役、「勅使 (ちょくし)」の登場です。「勅使」は天皇の代理で、行列中最高位にある人。賀茂の上下両社に御祭文の奉上や御幣物 (お供え物) の奉納を行います。

葵祭_勅使列09
この白馬には美しい額飾りがついていました。
残念ながら撮影できず。。。

ちょい分かりにくいのですが、現在「勅使」は「社頭の儀」のみに参加されるそうです。なので、この方は正確には「近衛使 (このえづかい、このえし)」という、言うなれば“勅使代”なのだそうです。ややこしや〜。

葵祭_勅使列10
1つめの風流傘

第3列の最後は「風流傘 (ふりゅうがさ)」。葵祭の「風流傘」は大変美しいことで知られています。傘の周囲についた錦の幕は、「帽総 (もこうふさ)」と言うのだそうです。

第4列 〜楽団の列
第4の列は「陪従 (べいじゅう)」と呼ばれる歌楽をを演奏する人や、豪華な「風流傘 (ふりゅうがさ)」などです。

葵祭_勅使列11
陪従 (べいじゅう)

「陪従 (べいじゅう)」も「舞人」と同じく武官なのだそうです。歌舞音曲は文官の担当かと思っていたので、意外〜。

第4列には勅使が両社で奏上する御祭文を持った「内蔵使 (くらつかい)」という役人も、たくさんのお供を引き連れて参加していますが、未撮影です。

葵祭_勅使列12
2つめの風流傘。青空に黄色が映える。

本列の最後を飾るのが、もうひとつの「風流傘」。傘を捧げ持つのは「取物舎人 (とりものとねり)」という人達。4人いて、2人ずつ交代で持ちます。彼らの衣裳も傘の色合いと合わせていて、先のものとは違いますね。

続くは斎王代を中心とした女人列ですが。長くなるので次回に。

。・:*:・゜☆ 。・:*・・゜☆ 。・:*:・゜☆

勅使が主役の本列で注目を集めていたのは、このお方。グッド

葵祭_勅使列03
もしもし、あなたは何のお役目なのでしょう?

見物人からは口々に「わぁ、タイガースや〜!」の声 (関西ですから)。私は四神の白虎に扮しているのかと思ったのですが。他の三神が見あたらなかったので、どうも違うようです。。。

何ものなのか気になるなぁ、シマシマさん。詳しくご存じの方は、ぜひ教えて下さいませ。

〜 * 〜 * 〜 * 〜

行列を見物していた時間は30分ほどだったのですが。すっごくお天気が良かったので、エラいことになりました。首は日焼けで皮がむけ、腕は…。袖から出ていた部分 (8分袖を着てた) がまっ黒! @まけからは「くつ下にゃんこの逆バージョンやなっ♪」と言われています。。。 (@くみ)

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御蔭祭 〜切芝神事、東游 (08.5.13)
葵祭の前儀、御蔭祭について。

行ってみたい5月の行事 〜葵祭と関連行事 (08.5.1)
葵祭と関連行事について。

葵祭って、どんなん? (06.5.2)
葵祭の由来についてカンタンに。

今年の父の日は、6月15日!
年に1度の感謝の日。今年は照れずに伝えてみよ!

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御蔭祭 〜切芝神事、東游
5月12日。
葵祭の前儀として「御蔭祭」が行われました。その中の新緑の美しい下鴨神社・糺の森は切芝での「切芝神事・東游 (あずまあそび)」を見てきましたので、写真をUPします。

御蔭祭_01
こちらは河合神社です

「御蔭祭」は明治以前は「御生 (みあれ) 神事」と呼ばれ、毎年旧暦四月中旬の午の日に行われていたそうです。

葵祭に比べて今イチ地味ですが、この御蔭祭がなければ葵祭が始まらない、大変重要な意味を持つものなのです。少し難しいのですが、以下に書いてみます。

御生 (みあれ) 神事 〜荒魂と和魂
これは、御蔭神社から“荒魂 (あらたま、あらみたま)”をお迎えし、下鴨神社本宮の“和魂 (にぎたま、にぎみたま)”と一体になっていただく神事、とのことです。

御蔭祭_02
糺の森で行われている切芝神事

大変難しいのですが、“荒魂”は神の荒々しい面 (天変地異を起こしたり疫病を流行らせたり)。それに対し、“和魂”は神の恵や御加護 (例えば作物の実りをもたらす雨など) に当たります。

“荒魂”は神の祟りであり、この神の怒りを鎮めるために古来より供物を捧げ、儀式や祭祀を執り行ってきたのです。

また“荒魂”は、その荒々しさのゆえに、力強く若々しい活動的なエネルギーを内包した“新魂 (あらたま、あらみたま)”に通じると言われています。

御蔭祭_03
新緑に彩られた糺の森、平安装束で居並ぶ人々

なので、この神事は“御生された荒魂”=“新しくお生まれになった新魂”をお迎えして、賀茂の神様に新しく生まれ変わって若返っていただく、という意味を持つのだそうです。 (この辺のことは、すごく難しいので少しずつ調べてみたいと思います。。。)

切芝神事 〜東游 (あずまあそび)
御蔭神社からお迎えした御神霊 (御生された荒魂) は、下鴨神社の摂社である「賀茂波爾 (かもはに) 神社、通称:赤の宮神社」までは車で、そこから神馬 (じんめ) にお移りいただき、氏子地域を行列します。

そののち下鴨神社の切芝にて神馬にお移りになった御神霊に、鴨社の由来などを雅楽と舞でお見せするのが「切芝神事・東游」です。

御蔭祭_おんまさん
神馬。上賀茂神社にいる馬?

「東游」は東舞 (あずままい) ともいわれ、東国の風俗歌と舞を題材に作られたとか。雅楽が奏でられる中、神馬の前で優雅に舞が舞われます。以下の写真、▼の順に進んでいるので、そういう感じでご覧ください^^。

御蔭祭_04

御蔭祭_05

御蔭祭_06

御蔭祭_07

御蔭祭_08

     「求女子 (もとめご)」
      千早振 (ちはやぶ) る 賀茂の社の 媛小松
      あわれれん れれんやれれんや
      れれんやれん あはれ媛小松
                  (東游で謡われる歌)


切芝は、下鴨神社・糺の森のほぼ中央 (ヘソ) にあたり、古来より祭祀を行う場所とされています。『源氏物語』にも“みあれ詣で”として描かれている、この神事。

。・:*:・゜☆ 。・:*・・゜☆ 。・:*:・゜☆


巡行予定では河合神社着が15:40、切芝神事の開始が16:00とのことだったのですが…。行ってみると、予定よりかなり早く、すでに切芝神事が始まっているところでした。16:00頃には終わっていたかな? お祭りってたいてい予定より遅れるだろうと、たかをくくっていたので慌ててしまいました。

昼間に行われた「赤の宮神社」の路次祭。見に行きたいのですが、お仕事があるので^^。赤の宮神社の氏子である@まけが、12日の露店の様子などを撮影してきてくれました。(以上、@くみ)

赤の宮神社

赤の宮_01

川端通と東大路通に挟まれた、大原街道沿いにある通称「赤の宮神社」。正式名を「賀茂波爾 (かもはに) 神社」といい、名前から察するに賀茂御祖 (下鴨) 神社の境外摂社であります。何を隠そうワタクシ@まけはここの氏子であります!

赤の宮_02

御蔭神社から下鴨神社までの巡行途中、神様は「赤の宮神社」に立ち寄り、ここで路次祭という神事が行われ、小さな舞殿で舞楽「還城楽 (けんじょうらく)」が奉納されます。「神様、ちょっとここらで休憩していきましょか」ってとこでしょうか。

赤の宮_04
二葉葵の幕がある舞殿。小さな神輿がちょこんと鎮座。

御蔭祭が平日に行われる場合は、嬉しいことに学校も半ドン。遅くなって外で遊んでても怒られへんし、お菓子ももらえる。子どもの頃はただ単に「うれしい!たのしい!大好き!」な町内行事の1つだとしか思っておらず、畏れ多くもこんな由緒正しい神社で、葵祭には欠かせない大事な神事やったなんて、全然思いもよらんかったんですが … (去年知ってびっくりした不届きな氏子)。

赤の宮_03

この時期、赤の宮神社の氏子地域 (高野一帯) では町内中「ワッショイ!ワッショイ!」と大声を張り上げ、いくつもの子ども神輿が行き交います。子ども神輿の数は町内の数。ワタシの町内区域だけでも3つに分かれているくらいなので、結構スゴイ数なんではないかな。境内には所狭しといくつもの露店が並び、大変な賑わいとなります。

赤の宮_05

今、思うに。御蔭祭の前日 (11日) に神社の倉庫にある子ども神輿を各町内へと持って帰り、当日、路次祭が終わってから、氏子が順番に皆で担いで納めに行くんやなと…。子ども神輿を奉納する際に、神社の宮司さんが何やら祝詞を上げ、頭上から清めの塩がかけられた記憶が…。これで、神様のご利益が得られたということなんでしょうな、多分… (それでいいのか、日本人!)。(@まけ)

。・:*:・゜☆ 。・:*・・゜☆ 。・:*:・゜☆

葵祭と言いますと、斎王代が参加する15日の「路頭の儀」がクローズアップされます。が、祭儀の中心はこの「御蔭祭」になんだそうです。けれど、お祭りの意味も難しいし、中には一般に公開されない秘儀とされる神事もあります。

最近は見学者も増加していることもあり、今年初めて「御蔭祭」のリーフレットを作成し、配布することにしたそうです。(※京都新聞の記事 → )

〜 * 〜 * 〜 * 〜

上記のリーフレット、私の隣にいた人が持ってはって。欲しかったので、お祭りの法被をきた方に「もらえないでしょうか?」って訪ねてみました。そしたら「おっちゃんの持ってるヤツあげるわ!」っていただきました。おっちゃん、アリガトウ! (@くみ)

京の夏の風物詩、川床特集!
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時代祭2007
〜 秋の都大路を華麗に彩る歴史絵巻 〜
 
スッキリと晴れた10月22日の月曜日、「時代祭」を見に行ってきました。

今年より新設、室町時代列!
時代祭が始まったのは今から約100年前のこと。その当時は室町幕府の創始者、足利尊氏は後醍醐天皇に逆らった逆賊、ということで室町時代列は作られなかったのです。

本当は、桓武天皇没後1200年の2005年に登場予定だった、とのことですが、2年後の今年、2007年に登場とあいなりました。「室町時代列」は、足利幕府の将軍などを中心とする「室町幕府執政列」「洛中風俗列」の2つで構成されています。

“風流踊り”を再現
時代祭・室町01 時代祭・室町02

時代祭・室町03 時代祭・室町04

「洛中風俗列」は、室町中・後期〜江戸初期に流行ったといわれる「風流 (ふりゅう) 踊り」を再現しています。平安時代の「田楽」、鎌倉時代の「踊り念仏」などとともに日本各地の盆踊りのもとになったと言われています。

「風流踊り」は男性が女装したり、また女性が男装したり。地位や身分を超えて楽しむものだったとか。豊国神社所蔵の「豊国祭礼図屏風」には、豊臣秀吉の七回忌で熱狂的に踊る人々の姿が描かれています。

時代祭・室町05
列の全体。中央に傘、前に囃子、後ろに踊り手。

行列は約50人。音頭取りや笛や鉦 (かね)・太鼓などの楽隊である「中踊り」と、小袖姿で竹製のささらを持って踊る「側 (がわ) 踊り」で構成されています。再現にあたっては、室町時代からの原形をとどめる草津市・老杉神社の「サンヤレ踊り」を参考にしたのだとか。

時代祭・室町06 時代祭・室町07
見えにくいですが…。
左の写真は棒振り囃子に似たよく踊り。

祗園祭とそっくり! 蝶や牡丹の花で飾った傘は傘鉾 (綾傘鉾、四条傘鉾) そのまんまです。棒を振り回して踊る音頭取り (?) は綾傘鉾の「棒振り踊」、四条傘鉾の「棒振り囃子」とよく似ています。傘鉾が山鉾の古い形態を残すものであることは聞いていました。実際に見てみると「あ〜、これがルーツなんやぁ…」とフッと思いました。点が線につながった感じです。

行列の華、平安女人列!
時代祭で人気があるのは、花街の芸妓さんが扮する歴史上の有名な女性たち。中でも巴御前や紫式部、清少納言の平安女人列は人気があります。

時代祭・巴01

時代祭・巴02

時代祭・巴03
馬上姿も凛々しく美しい、巴御前。

あ〜、おキレイです。一応、@くみの御先祖様は巴御前ということになってます (木曽義仲にひっついて来た人達らしい。でもホントのところは??)。ちょっとぐらい御先祖様のDNAを受け継ぎたかったです…。

時代祭・清紫01

時代祭・清紫02
呉越同舟? 清少納言と紫式部

実際にこの格好をするのは大変そう。見ている側で、実際に行列に参加したはるおじさんがお話されてたんですが、早い人は朝7時頃から仕度をされるとか。特に女性は御手洗いが大変なので、水分を摂らず、お餅とか水分の多い食べ物だけでガマンされるのだそう。

舞台裏をのぞいてみると…
あまりTVなどでは写らない、時代祭の裏側をちょこっとお届けします。

時代祭・舞台裏01a 時代祭・舞台裏01b
と〜ってもおとなしいお馬さん。長い睫毛が印象的。

時代祭に登場するたくさんの馬。順番待ちで居並ぶお馬さんの中で、すっごく可愛いコを発見! みんなにナデナデされてました。嫌がるどころか、うれしそうで。興奮させないよう、そっとなでました。

時代祭・舞台裏02
かわいいお衣装ですね。

撮影のため、ポーズをとってくれたおねえさん。かわいかったです。

時代祭・舞台裏03
え〜っと、ボクの出番は…。ああして、こうして…。復習中?

時代祭・舞台裏04
「はぁ〜あ、まだかいな〜」という声が聞こえてきそう。

先頭が出発して、はや1時間あまり。行列は、まだまだ続きます。御所の中で出番を待つ人達。お昼寝してて大丈夫?

。・:*:・゜☆ 。・:*・・゜☆ 。・:*:・゜☆

何となく出くわした、ということはありましたが時代祭を見物に行ったのは初めてです。家族や友人、知り合いが出てたりしなければ見に行かないのかも。

見ていて思ったのですが、もっとエンターテイメントに徹してはいかがでしょう? 例えば坂本龍馬はおりょうさんと、桂小五郎は幾松さんとカップルで行進するとか。義経&静御前も。淀君は、ねねさん (=北政所。そういえば、いはりませんね?) と一緒に輿に乗るとか。

何といっても新撰組がないのが一番残念かな。これもきっと発足当時は「逆賊」という位置づけだったのでしょうね。次は、きっと! でも何年後でしょう。

〜 * 〜 * 〜 * 〜

「洛中風俗列」を担当する深草室町風俗列保存会は深草学区にあります。子どもの頃、ココに住んでたんですよ。もしかして同級生がいるかも、と思うとちょっとうれしかった。(@くみ)

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JTB−11月3連休の宿2007
まだ、間に合う! 京都の紅葉。

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御手洗祭で暑気払い!
 

賀茂川にかかる葵橋の上から。ええ天気やぁ〜!

今日の京都は“夏とは、こうあるべき”というようなお天気でした。雲一つなくスッキリと晴れ上がり、陽射しがまぶし〜いぃ! 気温もドンドン上がり、体温を超えそう。。。


木洩れ日が参道に作る、レース模様 (左)
かき氷の露店が大人気!(右)

コレは、暑気払いをせねば!と照りつける太陽にも負けず、行って来ました、下鴨神社「御手洗 (みたらし) 祭」!!

御手洗祭 〜由来など
「御手洗祭」は下鴨神社の末社である「井上社」、通称御手洗社の例祭。このお社には、瀬織津比売命 (せおりつひめのみこと) をお祀りしています。


白砂と朱、青空と緑のコントラストが夏っぽい。

このお社は井戸の上に建立されています。湧き出た水は、すぐ前の「御手洗の池」を満たし、下流は御手洗川と呼ばれています。この「御手洗の池」は、毎年5月に行われる「葵祭」のヒロイン、斎王代が禊をされるところです。


井上社と御手洗の池 (左)
井上社のご利益は病気やケガ、災難除け。
で、やっぱり健康は足から!? (右)

そして「御手洗祭」は平安時代の貴族達が、季節の変わり目に罪や穢れを祓うために行っていた「禊祓 (みそぎはらい)」の風習の名残といわれ、「足つけ神事」ともいわれています。

暑さなんかに負けへんでぇ〜!!
では、お詣りをして無事に夏を過ごせるようにお願いいたしましょう。


入り口でお供え料を払い、
ロウソクとうちわをもらいます。

履き物を脱いで備え付けのビニール袋に入れ、御手洗の池へ。一般参拝者が池に入れるのは今日だけです。


いよいよ、御手洗の池へ。

湧き水なので、冷た〜い! この池、結構深い。ひざ位まであります。だから裾をラクに折り返せる服がよいと思います。


いいお天気で、池の水がキラキラ☆

「わ〜い、生き返るぅ♪」と、しばし涼んだ後、お灯明用のロウソクに火を灯し、お供えします。コレが結構タイヘン。片手でサンダルの入った袋を持ってスカートの裾をからげ、空いた手で火を灯す。


“みうみう”の生足。m(_ _)m

ほとんど風もないと思ったけど、すぐにロウソクの火が消えてしまう。。。「あきらめへんでぇ〜」と何度かチャレンジし、無事に火のついたロウソクを供えることができました。


ご神水をいただく場所。緑が涼しげ♪

火が消えてしまい、冷たい水の中を何度もウロウロしている間に、すっかり汗もひき身体もヒ〜ンヤリ。御手洗の池の北側へ上がり、帰ります。


「くぼて」と呼ばれる器。
下鴨神社の御神紋、双葉葵入り。

おっと、その前にノドが渇いたのでご神水をいただきましょう。「じゅうぶん御縁がありますように」と15円をお納めしました。お詣りして、ご神水もいただいたし、コレで今年の夏はバッチシやわ〜!?

帰りは、やっぱり…
くいしんぼの“みうみう”、小腹がすいてきたので寄り道。「みたらし、みたらし」と聞けば、やっぱり…。


香ばしい焦げ目が、たまりませ〜ん。おかわり〜!

井上社の「御手洗の池」にブクブクと湧く、泡をかたどったといわれる、「加茂みたらし茶屋」の元祖「みたらし団子」
たっぷりトロリとかかった“あん”は、団子にからめていただくと丁度良い味。濃そうに見えますが後味はスッキリさらり、としています。


「加茂みたらし茶屋」の外観

お店の南側にはちょっとしたお庭があり、緋毛氈をひいた床机が。ココでもいただけるようですね。今日みたいなあつ〜い日、かき氷をいただいてみたいです。

下鴨神社「御手洗祭」へのアクセス
【住所】左京区下鴨泉川町59
【電話】075-781-0010
【交通】市バス205「下鴨神社前」、徒歩3分
【時間】7月27日(金) 〜30日(月) 5:30〜22:30
【料金】お灯明料 (参加料) 200円

。・:*:・゜☆ 。・:*・・゜☆ 。・:*:・゜☆

今年からオマケ付き (?) のようです。去年まで200円の参加料でお灯明用のロウソクをいただけるだけやったんですが…。


ども。持ってるんは、@まけです。

オマケは、コレ。うちわです。
下鴨神社のマスコット・八咫烏 (やたがらす、やたのからす) と御神紋・双葉葵をあしらってます。八咫烏は日本神話に出てくる三本足のカラスで日本サッカー協会のシンボルデザインにもなってるんですよね。ヤタローくん (名前をつけてみました)、ちゃんと丹塗りの矢を持ってますよ。

〜 * 〜 * 〜 * 〜

去年は夜にお詣りしたんですよ。幻想的な雰囲気で、とってもステキ。夜店も出てるし。今日みたいにスッキリ晴れた昼間もエエけど、夜もオススメ! どっち行く?(@くみ)

関連ブログ記事
御手洗祭、行ってきました♪(06.07.24)
夜の御手洗祭はロウソクの灯が幻想的。昼、夜どっちもエエ感じ。

下鴨神社の御手洗祭(06.07.20)
一昨年の昼間に行った様子や、御手洗祭が行われる「土用」について、など。

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京のお散歩鴨川上ル (らくたび文庫 No. 13)
京のお散歩鴨川上ル (らくたび文庫 No. 13)
1番目の写真、表紙とおんなじとこで撮ってみました。
大好きな場所の一つです。

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祗園祭2007 〜鉾建て
7月10日頃から「鉾建て」 (=山鉾の組み立て) が行われます。
昨日の11日、四条へ出る用事があったので「鉾建て」の様子を少し見学してきました。今日は、その様子をUPします (注:写真多し)。

☆ @まけの力作、「山鉾MAP&巡行ルート」は コチラ>>
 (地図を見ながらだと位置関係が分かりやすいで〜す。)

都大路に響く槌音
祇園祭のハイライト、17日の山鉾巡行を控え、一つ、また一つと山鉾が組み上がっていく。この山鉾の組み立てには釘は1本も使われていない。土台となる櫓を、荒縄を使った「縄絡み (なわがらみ)」という昔ながらの手法で補強してゆく。

囃子方が乗る鉾は地上から一番上の鉾頭 (鉾の最上部の飾り) まで、約25メートル。ゆうに7〜8階建てのビルくらいはある。地面に仰向けに倒した格好で下層部の櫓を組んで、「真木」(しんぎ=鉾頭などを取り付ける鉾の中心となる柱。真柱とも) を取り付けてから、梃子の原理を応用して引き起こすのだ。

以下、長刀鉾を引き起こす様子です↓。


これから引き起こします!
向こうに真木に取り付けた榊が見える



目の前を榊が…。祗園祭の間中、このバス停はお休み。





よ〜く見ると、向かいのビルの2階に人が…。



ギシギシッ、ミシッという音と共に
少しずつ鉾が引き起こされてゆく



やったぁ! 立ったど〜!

鉾頭をつけた真木が夏空にそびえ立つと、見学者から拍手が起こる。宵山や山鉾巡行は見ても、鉾建ては、なかなかゆっくりと見る機会がない。だから、ちょっとトクした気分。


へぇ〜、こうやって取り付けんのかぁ…(函谷鉾)

鉾建ては大体10日頃から行われる。囃子方が乗る鉾は、組み立てるのに2日くらいかかるから。山は「舁く=担ぐ」から、少し遅めで13日頃から始まる。14日には全ての山鉾が都大路に立ち並ぶ。

縄絡み 〜職人の美学?
木槌で叩いて縄目を整えながら、丁寧に荒縄を巻いてゆく。この縄目・結び目は、とても美しいと思う。山鉾が組み上がってしまえば懸想品で見えなくなるのに。職人さんの遊び心というか、美意識を感じる。


石持と柱をしっかり結わえる (函谷鉾)。

雄蝶、雌蝶、海老…。結び方や縄目には独特の呼び名がある。「雄蝶」は鉾正面 (↑6枚目、引き起こされた長刀鉾の写真に見えます)、「雌蝶」は側面の縄飾り。「海老」は、石持 (いしもち=車輪をつける木) と柱を、しっかりとつなぐ結び目。他にも「鶴」や「亀」もあるのだそう。


長刀鉾の「雌蝶 (左)」と函谷鉾の「雌蝶 (右)」

縄をかける回数など、鉾によって違うそうだ。撮ってきた写真を見てみると確かに! 羽にあたる部分の縄がけの回数が、長刀鉾は7回、函谷鉾は5回。形も微妙に違うように見える。各山や鉾で伝統の技法は代々受け継がれている。

約12トンもある鉾の重量を支え、上に乗る囃子方や屋根方の命を守る「縄絡み」。コツは、きっちり締めずに、ほんのちょっと遊びを持たせることとか。それにより「辻回し」などの激しい動きにもほとんど崩れず、ひずみを吸収して鉾の安定を保つことができるのだそうです。

エエ仕事、したはりますなぁ…


コチラ、鉾建て中の「鶏鉾」です。


で、こういうの↑、見たことあります? 同じく鉾建てを撮影してた、おっちゃんに教えてもらいました。おおきに、おっちゃん。


で、何かと言うと。実は、鉾建てに使う杭を差し込む穴やったり…


鉾の柱をのせるための石やったりします。そう言えば、道路にあるのん、見たことあるような。あんまり深く考えたことなかったなぁ。めっちゃ地味やけど、なくてはならないモノたち。

。・:*:・゜☆ 。・:*・・゜☆ 。・:*:・゜☆

各山鉾町の人たちが真木に、御幣についている白い紙 (紙垂=しで、でエエのかな?) を結びつけていた。その時の1枚。おっちゃん、ニコニコと何かうれしそう。エエお顔やったな。


もうじき祗園さんやなぁ…

ちょうど雨が止み、晴れ間も覗いていた10日の午後。太陽の熱で“もわん”とした熱気が地面から立ち上ってくる。「せっかくやから」と、あちこちの鉾を回っていると…。

 @まけ:なぁ〜、もう、エエやぁ〜ん。しんどいぃぃ〜。
 @くみ:しゃあないなぁ〜。┐( ̄ヘ ̄)┌
     なかなか見られへんねんから、
     もうちょっと写真撮りたいよぉ。
     クーラー効いてるし、お店の中で待っとりぃな。

と、パパッと写真を撮りました。偶然にも、168年ぶりに石持を新調した函谷鉾とか、半世紀ぶりに鉾の基礎を新調した菊水鉾とか、知らずに見ていたのでした。

祗園祭関連のトピックスは 祇園祭2007:京都新聞 でチェックできます。

〜 * 〜 * 〜 * 〜

スッキリしないお天気ですね。梅雨だから当然と言えば、そうなんですが。京都はだいたい宵山前後にブワ〜ッと大雨が降って梅雨明けになることが多いです。今年は、どうやろ? また台風が近づいているようですね。どうぞ皆さん、お気をつけください。(@くみ)

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祗園祭2007 〜注目のトピックス
7月に入って早いもので、もう10日。
いや〜、祗園祭の宵山&巡行ももうすぐですねぇ。

まずは“祗園祭って?”というのをカンタンに。
祗園祭は、疫病を祓うために始まった八坂神社の祭事です。7月1日から始まり、31日の八坂神社の夏越祭まで1ヶ月にわたって神事が続きます。14日の宵々々山から16日の「宵山」を経て、翌17日には祭りのハイライト、「山鉾巡行」が行われます。
(詳しい由来など、2006年の記事に書いてます。ページ下のリンクからどうぞ。)

☆ @まけの力作、「山鉾MAP&巡行ルート」は コチラ>>
 (地図を見ながらだと位置関係がよく分かりま〜す。)

〜 祗園祭・宵山、“屏風祭のススメ”〜
14〜16日の宵々々山〜宵山では、由緒ある旧家や老舗などが家宝の屏風・書画骨董、着物などを座敷に飾って道行く人々に公開します。これが“屏風祭”です。

中には博物館や美術館の収蔵品に引けを取らない逸品も。年に一度、そうした品を間近で鑑賞できるチャンス! できれば、人出が少ない夕方早めの時間に行くのがオススメ。

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屏風祭で公開された京の商家。
夏座敷のしつらえを見学できます。
(以下、写真はすべて2006年撮影のものです)

こうした品々は代々大切に守り伝えられてきたもの。基本的なマナーを守って鑑賞しましょう。勝手に座敷に上がったり、展示品に手を触れたり、飲食やタバコを吸ったりはNGです。また、祇園祭は神事です。会所に飾られたご神体など、保存会の方に一言断ってから撮影しましょう。

そして日が暮れたら、祗園囃子の流れる中、駒形提灯の灯りに山鉾が浮かび上がり、祭り気分も最高潮! 夜店を冷やかしつつそぞろ歩くのが楽しみです。中にはこの時期だけの限定メニューを店頭販売するお店もアリ。

さて、今年の祗園祭関連トピックスの中から気になるものをピックアップ。宵山散策の参考になったらエエなぁ、と思います (昨年の宵々々山の様子は、ページ下のリンクからどうぞ)。

蟷螂山 〜2007年、@くみ的注目度 No.1!
蟷螂 (とうろう) 山は別名「かまきり山」
中国・古典の「車に轢かれそうになったカマキリが鎌を振りかざして立ち向かおうとした」という話に由来しています。

江戸後期作の隅金具が里帰り!
蟷螂山は応仁の乱以前から、その存在が知られていたそうですが、江戸後期に戦火によって大破。その後長らく巡行には参加していませんでした。


現在の蟷螂山の金具。
至る所にカマキリのモチーフが…。

1981 (昭和56) 年、山を大修理して再び巡行に参加、現在に至ります。今回見つかった隅金具は、不参加の間に外部に流出してしまったものだそうです。

それが今年6月、保存会の方々によって買い戻され、14〜16日に町会所で公開されることになりました (詳しくは、コチラ>>)。祇園祭は、こうした保存会の方々の地道な努力と熱意で成り立っているんやなぁ、と思います。

カマキリで!? からくりおみくじ登場!
蟷螂山は名前のとおり、御所車の上に大きな“カマキリ”がのったデザイン。このカマキリがカラクリ仕掛けで動き、お子さまにも大人気!


御所車の上にカマキリ。
頭や鎌が動き、羽もブワッ! と開く。
この時は雨で動かず。残念…。

おくみじは昨年から始められたそうですが、今年はさらにパワーアップ! おみくじをひくと、お社の戸が自動で開き、蟷螂山のシンボル“カマキリ”が番号付の玉を手元に運んでくれるのだとか!(詳しくは、コチラ>>)

このカマキリの“からくりおみくじ”、コチラも14〜16日、町会所に設置されます。うわ〜、ひいてみたいっ! ミニチュア好きの“みうみう”には、たまりません。ツボにはまりました。

占出山 〜明代の貴重な見送りを公開!
「占出山 (うらで山)」では、中国・明代に織られた貴重な見送「鳳凰牡丹円紋 (ほうおうぼたんえんもん)」が、14〜16日の会所飾りで公開されます (詳しくは、コチラ>>)。


占出山の会所飾り。三十六歌仙図刺繍 (水引)。
天保2 (1831) 年作という日本三景綴錦 (前掛・胴掛)。

15世紀後半〜16世紀初めに明代の中国で織られた綴織で、同じ時代に作られて完璧な形で残っているのは世界でたった1枚という貴重な品。中央の牡丹を花を囲むように四隅に鳳凰を配した図柄。

織られた当時は豪華絢爛でさぞ美しかったろうと想像できます。こうした品々を間近に見、それらを復元することは京都の伝統産業にとって大事なことだと思います。

占出山の由来・ご利益&周辺情報〜!
占出山は別名「鮎釣山 (あゆつりやま)」。神功皇后が肥前松浦で鮎を釣って戦勝を占った、という説話に由来します。神功皇后は安産の神様としても有名で“占出山の巡行順が早い年はお産が軽い”とも言われます。今年は十三番。エエ感じではないんでしょうか?

宵山で授与される安産のお守りなんかも人気。哀愁を帯びた子ども達の「安産のお守りは これより出ます〜」というお守り授け歌は、宵山の雰囲気をさらに盛り上げてくれます。

さて、ここで「美味いもん情報」!
まずは限定スイーツを。
占出山でこの時期だけ販売されるんは“吉兆あゆ”。「春庭良 (かすていら)」で有名な「太極殿本舗」さんのもの。お店での販売はなく、ココだけ! もちろん、ご祈祷されてます。お土産にいかが?


カステラで有名なだけに美味しそうですね。

それと、去年飲んで激ウマだったのが占出山の町会所向かいにある「ムレスナティーハウス」“アイスロイヤルミルクティー”! ミルクのまろやかさと甘み、紅茶のサッパリした後味がゼツピン☆でございました。今年はあるんかなぁ〜? (写真などはページ下の「宵々々山レポ 室町編」をクリック♪)

その他、祗園祭関連のトピックスは 祇園祭2007:京都新聞 でチェックできます。

。・:*:・゜☆ 。・:*・・゜☆ 。・:*:・゜☆

キーワードで見る祗園祭 〜見送
見送とは、山鉾の後部を飾る織物のこと。安土桃山時代以降、力を持った商人は舶来の美しい織物を購入し、競って自分達の山鉾を美しく飾りました。

使われている織物は、ヨーロッパのタペストリー (毛綴) や中国の綴錦など。重要文化財の指定を受けている貴重なものも多いです。有名なのが「鯉山」


鯉山の見送。王と后がゼウス神に
占いの結果を問う重要な場面とのこと。
中央は名工左甚五郎作と言われる御神体の鯉。

1枚のタペストリーを9枚に分断して山飾りとしています。このタペストリーは、ホメロスの叙事詩『イーリアス』を題材に16世紀にベルギーで織られた5枚組のうちの1枚。世界的に見ても、大変貴重なものです。

〜 * 〜 * 〜 * 〜

祗園囃子を聞くと、何だか落ち着かなくなります。つい、長々と書いてしまいました。最後まで読んでくれはって、ありがとうございます。(@くみ)

関連ブログ記事
かなりぎょうさんあるんですが…。宵山&山鉾巡行関連の記事です。
祗園祭vol.1 主な日程(06.7.3)
1ヶ月に渡る神事のスケジュール。

祗園祭vol.2 祗園祭ってなに?(06.7.4)
祗園祭の由来。

祗園祭vol.3 祗園祭の山と鉾(06.7.5)
祗園祭の山と鉾。違いをご存じですか?

祗園祭vol.4 祗園祭に纏わる逸話 〜その1(06.7.7)
そもそも、“祗園”とは何ぞや?

祗園祭vol.5 祗園祭に纏わる逸話 〜その2(06.7.10)
粽に書かれた「蘇民将来子孫也」って?

祗園祭 vol.6 ご利益でみる山鉾(06.7.11)
32基の山鉾の中から3基をセレクト。

祗園祭 vol.7 宵山の歩き方 〜その1(06.7.12)
宵山は山鉾を身近に見るチャンス。そして、もう一つの見どころ「屏風祭」について。

祗園祭vol.8 宵山の歩き方 〜その2(06.7.13)
@くみ的お気に入りの宵山散策ルートなど。ほか、トイレ情報など。

宵々々山レポ2006 室町編新町編(06.7.14、18)
「祗園祭vol.8 宵山の歩き方 〜その2」と、ほぼ同じルートを実際に歩いてみました。

祗園祭 vol.9 祗園祭とハモ(06.7.19)
祗園祭に欠かせない“祭魚”、ハモについて。

町かど写真館 〜宵々々山(06.7.21)
2006年の宵々々山のスナップお蔵出し。

RAAKの京都だより
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昭和初期の復刻版など、すごくモダンでビックリ!

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お盆の由来と「大文字」
京都の夏は祗園祭で始まって、五山の送り火で終わる。

自慢やったけど、昔は@まけの近所のマンションから絶好のロケーションで鳥居以外のものが見えた。家の窓からでも『法』の字がでかでかと見えたんやけど、今は家の周りにマンションだの三階建ての家だのが景観も考えずに建つから、せっかくの眺めも消えてしもた 悲しい

?01
朝、最初に@まけが見る山は比叡山と『法』

?02
サイコー! 法ォォオオ〜

お盆とは?
お盆は正式には「盂蘭盆会(うらぼんえ)」と言う。盂蘭盆はサンスクリット語の「ウラバンナ」を漢字に置き換えたもので、「逆さまに吊り下げられた苦しみ」という意味だそうだ。その苦しみに遭っている人を救い、法要するのがお盆の行事とされている。

お盆の起原とその逸話
昔むかし、釈迦の十大弟子の一人である目連(モッガラーナ)は、神通力により、亡くなった自分の母親が餓鬼道に落ち、苦しんでいる姿を見た。母を救いたい一心で釈迦に相談したところ、
「夏の修行が終わる7月15日に大勢の僧侶を招き、百種の食べ物を供養すれば、母を救うことができるだろう」。
そしてその教え通りにしたところ、母親は無事に極楽往生することができたという。
この逸話が盂蘭盆会の始まりとされ、現在の日本独特のお盆行事へ変化していったのだった。

この話、中学校の宗教の時間で習ったけど、まさかそれがお盆の始まりやとは知らんかったなぁ…。

“お精霊(しょらい)さん”とは?
本当は「おしょうらい」と読むらしいけど、京都では御先祖の霊のことを、こう呼ぶ。なんとも京都らしい言い方やんね(油揚げは“あぶらげ”とかね)。お盆は地方によって異なるところもあるみたいやけど、京都では8月13〜16日に供養するのだ。

仏壇を清めて、お花、野菜、果物やお菓子などをお供えし、精進料理でおもてなし。三日間の献立通りのお精進を供え、食べるのが京都のお盆の習わし。さすがに今では細かくしきたりを守る家は少なくなったけど、こういう事って大事なことなんやろなぁ。

お精霊さんお献立
13日はお精霊さんをもてなす“お迎え団子”を供え、お昼は小芋とインゲン豆の炊いたん。
14日はおはぎを供え、お昼は茄子のおひたし、ゼンマイと赤いも(細いサツマイモ)の炊いたん。
15日はおこわを供え、お昼はのっぺい汁(葛ひきの野菜汁)、麩と湯葉の炊いたん、スイカ、間水(けんずい=おやつ)を。
16日、あらめの炊いたん。この日に炊くあらめを「追い出しあらめ」とも言うらしい。ふーん…追い出すんや〜。そしてその夜、京の五山の送り火の煙に乗って、お精霊さんはまたあの世へと帰っていくというわけです。

それにしても、なんで「あらめ」なん? 私やったらチャーハンとかのほうが嬉しい。。。

胡瓜の馬、茄子の牛
よく話に聞いたり、イラストなんかで見たりするのが、麻幹=芋殻(おがら)を脚にした、胡瓜と茄子の牛馬。御先祖様が少しでも早く帰って来るように「胡瓜馬」
で迎え、名残惜しみながら、ゆっくりと帰ってもらうように「茄子牛」で送り出すんだそうだ。鬼灯(ほおずき)の提灯で足元を照らしながら、亡くなった人が胡瓜や茄子に跨って移動する。なんかお茶目で可愛いらし〜なぁ。

謎に包まれた「五山の送り火」
誰が始めたか、いつの時代からかなどの起原や由来は。しかも昔は「五山」でなく、「い」や「長刀」などを併せた「拾山」で、今のように「五山」になったのは明治以降。なんでかとか、はっきりしたことは、またこれ、 謎・謎・謎
でもこういうものは、あまり知らされへん方が、かえって神秘性が増してええんかも知れへんね。

点火材料には、無病息災などを記した護摩木などが使われていて、燃やした後の消し炭は、昔は粉にして病封じに服用する習慣があったそうやけど、現在では半紙にくるんで玄関に吊したり、置いたりして家庭の魔除け、厄除けとして利用。

消し炭なんてどうやったら手に入れられるん? って思ってたら、自分で山に登って取りに行くんやって! これを求めて山に登る人の後は絶たないとか。やっぱそれぐらいしーひんと御利益って得られへんのやね。なので欲しい人は、自力で頑張って登って下さい。

また送り火の灯を映した杯を飲むと 熱燗 、中風(脳卒中)にかからへんねんて。ってことは、まさに近くで見な出来ひんってことや。なんとも粋で贅沢やけど、お酒呑んだら意味ないやん(笑)。

もっと詳しいことを知りたい方はコチラを見ておくれやす。
点火時間や観覧ポイント、見どころMAPなども載ってます♪

〜 * 〜 * 〜 * 〜

NO! バッド 『大文字焼き』は京“禁句”ことば
他府県の人は五山の送り火のことを、よく『大文字焼き』と呼ぶけど、京都人の前ではタブーとされている。

確かに決して間違いではないらしい。納得いかへんけど、江戸時代までは『大文字焼き』が正式名称やったらしい。けど、そんなんどうでもよろしおすねん。今は言わへんもんねーっ! 京のお人はこの言葉だけはホンマ、あかんねん。

迂闊にそれを言うと
「はぁ?何ですのん、それ。大判(回転)焼きのことでっしゃろか〜(¬_¬)?」
「縁日行くんとちゃうねんから、そんな“たこ焼き”みたいに言わんといてっ! 怒り

などと、一刀両断。軽蔑の眼差しで見られるだけでなく、下手したら口もきいてくれへんかも…。

c?》?class=
“哲学の道”入口近くにある
銀閣寺キャンデー店の美味しい「大文字焼」
余談やけど、ここのアイスキャンデーは超オススメです!

「何もそないに過剰反応せんでも…」と思うかも知れんけど、これこそが京都人が京都人である所以やねんよ。なので他府県の方々、ここはひとつ大人になって五山の送り火または大文字と言っておくれやす(笑)。 (@まけ)

関連ブログ記事
行ってみたい8月の行事 〜六道まいりと陶器まつり
(2006.7.31)
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行ってみたい8月の行事 〜大文字の点火時刻など&高台寺でゾゾ〜ッ!(2006.8.11)
“五山送り火”の点火時刻や観覧スポットなど。そして、高台寺さんでのちょっとヒンヤリする催しの数々。

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白峯神宮の七夕小町踊り
1カ月遅れなんですが、本来の旧暦7月7日に近いかなってことで…^^。

精大明神例祭(せいだいみょうじんれいさい)
7月7日、白峯神宮では精大明神社の例祭が行われました。
白峯神宮の境内は、もと蹴鞠の宗家・飛鳥井家の敷地で、精大明神社は飛鳥井家の鎮守社です。

古式ゆかしく蹴鞠が奉納された後、七夕にちなみ、少女達が西陣に古くから伝わるという七夕小町踊りを披露しました。

まず14:30頃、蹴鞠が奉納されるそうです。
その後、地元の小学生相手に「蹴鞠教室」が行われていました。

七夕小町-蹴鞠02
狙いを定めて、「ありや、おう」と蹴ります。
いかにラリーを長く続けるかが重要です

七夕小町-蹴鞠01
色鮮やかでキレイなお衣装ですね〜

続いて、少女達による「七夕小町踊り」が奉納されます。
白峯神宮のHPによりますと、奈良時代に始まった宮中の行事、「乞功奠(きっこうてん、芸能の上達を祈る行事)」の折、貴族が詠んだ和歌を供え物として届ける際、文使いの供をした娘たちが道中で歌い舞った踊りが起源だとか。

その後、江戸時代になると七夕の行事が広く民間に伝わり、特に女性が手芸と芸事の上達を願う行事として定着しました。元禄の頃、西陣の乙女たちが美しく着飾って町々を歌いながら踊り歩いたのが始まりであるそうです。

七夕小町-踊り01
踊り手の少女たちの入場

16:00頃、まずは少女たちによる「七夕小町踊り」が奉納されます。次に社殿にて「織姫舞」が奉納されます。

七夕小町-踊り02
優雅に舞う、織姫&彦星さま

七夕小町-踊り03
2人とも中学生くらいなんですが…。
気品と風格が漂います

「織姫舞」の後、織姫&彦星さまを囲んで、再び「七夕小町踊り」を踊ります。パラパラ漫画風に9連発で、どぞ!

七夕小町-踊り04


七夕小町-踊り05
一番小さい子は5才くらいです

七夕小町-踊り06
バチを持った右手をあごに当てる仕草が可愛らしいです。

七夕小町-踊り08
右手を高くかざして

七夕小町-踊り09
小太鼓をトン!

七夕小町-踊り10
着物の赤と青のコントラストが鮮やか

七夕小町-踊り11


七夕小町-踊り12


1/4・?3/4(R)?-Ι?誑

踊り手の少女たちの衣装がステキ!
結い上げた髪に銀のキキョウのかんざし、紫のはちまき。
緋の襦袢にコントラストが鮮やかな赤や黄、青など着物を片袖ぬぎにし、金襴のたすきと帯…。笹飾りの周りを左手に持った小さな太鼓を打ち鳴らしながら踊ります。

七夕小町-踊り14
古い西陣織のお道具が供えられていました

明治の東京遷都以後、途絶えていた「七夕小町踊り」は、昭和37年に復活されました。少女たちの衣装は元禄時代の風俗など、時代考証をして再現されたものだそうです。
では元禄時代とは、どんな時代だったのでしょう?

元禄時代と文化
元禄時代」とは、元禄年間を中心とした第5代将軍徳川綱吉の治世、約30年間(1680〜1709年)をいいます。武力より法や道徳文化を重んじるようになっていった時代。

幕府の財政は苦しくなっていく反面、産業・経済が発展しました。その結果、商業の中心地である上方(大阪・京都)の富裕な商人たちを中心として元禄文化が花開きました。

その時代に活躍したのは、井原西鶴、近松門左衛門、松尾芭蕉、尾形光琳、狩野探幽、俵屋宗達、菱川師宣…。錚々たる面々ですね。歌舞伎では上方に初代坂田藤十郎、江戸に初代市川団十郎などの名優が出て、浄瑠璃と並ぶ町人の娯楽として大いに発展しました。

花見、月見などの年中行事が一般化したのも、この頃。節分や七夕など、ほぼ現在の形になりました。友禅染が発明され、派手な小袖が流行ったといいます。少女たちの衣装を見ていても原色同士を合わせたり、結構洋服では難しい配色ですよね。

――手紙を届けるのに、歌い舞い踊りながらとは優雅ですね〜。現代からは想像もつきません。子どもの頃に白峯神宮の近くに住んでいたら、絶対やってみたかったです!

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