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京都怨霊絵巻 〜白峯神宮その2〜
コロたま!Vol.022 憎さ千倍! 保元の乱

どんなに実権を握っていても死んでしもたら、ハイ終わり。
白河法皇が崩御するやいなや、上皇となった鳥羽は、かつて自分が譲位させられたように、崇徳天皇に退位を強要し、崇徳天皇の異母兄弟にあたる近衛天皇を御位につけたのだった。

唖然 鳥羽上皇の逆襲! ×××
こうして自分の実の子を皇位につけ、実権を握った鳥羽法皇
更に、崇徳上皇には将来実権を握らさないよう、その資格まで剥奪するような文面の宣命を配布するという念の入れよう。当然、崇徳上皇の不満は募る一方。
これではあまりにも崇徳上皇が不憫。そう思った近衛天皇の母である美福門院は、崇徳上皇の長男である重仁親王を自分の養子に迎え入れ、可愛がった。もしも近衛天皇やその子供に何かあった時には、重仁親王にも皇位継承権を残させようとしたことで、一旦この問題は落ち着いたかのように見えた。

そして、もともと病弱だった近衛天皇は17歳の若さで亡くなってしまう。当然、次の天皇は自分か、自分の子である重仁親王が皇位に就くもの期待していた崇徳上皇。ところが、崇徳上皇が左大臣の藤原頼長と図って、近衛天皇に対する呪詛が行われたとう噂が流れる。それを聞いた美福門院は激怒。
「我が子、近衛が若くして亡くなったのは崇徳の呪詛のせいだ」と鳥羽上皇に訴えた。怒った鳥羽は待賢門院との子、後白河天皇を皇位に就けた。

このような鳥羽法皇の仕打ちに怒った崇徳上皇は、鳥羽法皇が崩御した1156年、後白河を降ろして重仁親王に皇位継承させ、自ら実権を握るべく、藤原頼長や平 忠正、源 為義らを率いてクーデターを起こしたのだった。

これが世に言う“保元の乱”である。

うわぁああ〜! この辺の時代ってややこしいから、まともに授業聞いてへんかった。

歴史的に言えば、この時代って“院政”というワケのわからん、ややこしい制度が始まったお陰で天皇家はドロドロのぐちゃぐちゃ。頼みの藤原摂関家は家督を争ってのお家騒動。それを狙ったかのように出てきた源氏・平氏の武士達。いよいよ天皇や貴族ではなく、武士が実権を握る時代へと移り変わっていく大事な過程の入口に過ぎひんのやけど、ターニングポイントであることは確か。

そして、この保元の乱のあとの崇徳上皇の行く末は何処へ〜?

撃沈 末代まで祟ってやるぅ〜 ×××
保元の乱にてクーデターを起こした崇徳上皇やったけど、このことを見越していたのか、鳥羽法皇は生前に有力な武士らに後白河天皇を守るよう命じていた為、平 清盛・源 義朝らが奇襲攻撃。力の差は歴然としていた。乱といえど、応仁の乱のようにいつまでも長く争ったものではなく、わずか数時間のうちに抑えられたものだったらしい。

破れた崇徳上皇は髪を下ろして仁和寺に入ったものの、讃岐国に流刑。そこで、彼は仏教に帰依、極楽往生を願うように 星

五部大乗経の写本作りに専念し、戦死者の供養と反省の証にと完成した五つの写本を京の寺に収めて欲しいと朝廷に差し出したものの、後白河法皇は「呪詛が込められているのではないか」とこれを拒否 バッド 本本本本本 。写本を送り返したんである。

これに激しく怒った崇徳院は自分の舌を噛み切ると、その血で五つの写本全てに
日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん
この経を魔道に回向す

と呪いの言葉を書き込んだ。爪や髪を伸ばし続け、その姿は夜叉のように変わったという。そして世を恨みながら1164年、讃岐にて崩御したのだった。

壮絶な最期やなぁ 冷や汗 。何もそこまでせんでも…。極楽往生を願って仏教に帰依しっとたんとちゃうんか? どうも修行が足りひんかったみたいやね…。(@まけ)

前回の『怨霊絵巻』はコチラ>>

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author:miu-miu2, category:@まけのコロたま!, 12:44
comments(2), trackbacks(0), pookmark
Comment
始めてメールさせていただいています。今、宮尾登美子の「宮尾本 平家物語」を読んでいまして、以前、読んだ吉川英次の「新、平家物語を思い出して読み比べています。作家その人の違いが歴然と思われますし、事実の解釈の違いがとても興味深いです。京都に住んでいることでもあり、今年は大いに、平家物語ゆかりの地を歩きたいとおもい、このページに出会いました。今後とも宜しくお願いいたします。
山口ももり, 2009/01/12 9:36 AM
山口さん、はじめまして。
コメントありがとうございます。

うーん。。。なんか難しそうでスゴイですねぇ。

このネタは、別に歴史をどうとか深く追求せず、殆どノリ?でしか書いていないので、なんか恐縮です。

でも、ノリで書いたとは言え、調べて知るということは楽しいことだとは思いました。あまりこういう記事は誰も見てくれてないかなーと思っていただけに、コメントしてもらえて嬉しかったりして。

今後もちょくちょく遊びに来てくださいね。
@まけ, 2009/01/13 11:50 PM









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