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京都怨霊絵巻 〜御霊神社その3〜
コロたま!Vol.020 怨霊退散! 風水都市・京都

延暦13(794)年「鳴くよ ウグイス 平安京♪」を築いたのは、言わずもがな桓武天皇です。

せっかく長岡京へと遷都したばっかりやったのに、早良親王の怨霊から逃げる為に、わずか10年くらいで長岡京を捨て、平安京に都を移したわけやから、とても「鳴くよウグイス♪」なんて暢気で可愛らしいことを言ってる場合とちごたんやけど。

南北5.3km東西4.6km。面白いくらいに厳密な左右対称都市、平安京。中央にある幅80メートルの朱雀大路(現在の千本通)を北に朱雀門、南に羅生門で挟んで、大路と小路でしっかり区画。左・右の両京にはそれぞれ、東寺・西寺、東市・西市と配置。まさに桓武天皇、夢の理想都市プラ〜ン! 何に対して? モチロン、怨霊に対してです。。。

撃沈 京の街を封鎖せよ! ×××
平安京を築く際に活躍したのが風水師と呪術師。いわゆる「陰陽師」と呼ばれる人達。
京都で陰陽師と言えば安倍晴明が有名やけど、この頃、活躍したのはこの平安京一体の土地を保有していた「秦氏」と陰陽道の宗家の「賀茂家」。京の西を秦氏が守り、東を賀茂家が守ってたのです。現在でも西に太秦、東に賀茂という地名があるけど、名を残すことによって、今でも京の町を災いから守ってくれているのかも知れへんなぁ。

彼等はこれ以上、怨霊や災害に荒らされない為に、東西南北を護る神獣を各方位に配置することで、京の街を造りあげたのです。いわゆる“玄武・白虎・青龍・朱雀”ってやつですね。

北に龍脈をたどって生命エネルギーが流れてくる鞍馬山などの洛北の山々を“玄武”が。西に大阪から九州にかけての街道を“白虎”が。東に河川が必要となるので鴨川を“青龍”が。南に北から流れくる生命エネルギーを貯えるための平地や巨椋池(現存せず)を“朱雀”が、それぞれの場所を護っていた。これを風水で「四神相応」という。簡単に言えば、神獣の適材適所で霊的バリアを張っていたというわけやね。

それだけでは安心できひんかったのか、桓武天皇は最澄に命じて、比叡山の山頂に延暦寺を開かせ、都の表鬼門を護らせた。さらには御所の表鬼門に赤山禅院を建て、鬼門を封じ、平安京の入口に東寺と西寺(現存せず)を建て、真言密教をもって都を鎮護させたりした。
それはそれはもう異常なまでにガチガチギチギチに都中に結界を張り巡らせた桓武天皇。それもこれも早良親王の怨霊を封じ込める為にだけ。強迫観念に囚われ過ぎや〜。気持ちわかるけど、なんかちょっと情けないなぁ…。弟の命はあっさり奪っても、自分の命はやっぱり惜しかったらしい。

困惑 怨霊は現場で怒ってるんだ! ×××
しかし、その後、早良親王が祀ってある御霊神社がその発祥地とされる応仁の乱などの争いで、平安京は見事にぐちゃんぐちゃんに荒らされる。
「よくも封印してくれたなっ!こんな結界、すぐにでも壊してやるわっ! ぶー
とかなんとか言ってたりして。現在に至っては、壊されて無くなってしまったものがほとんどで、その結界の役割を果たしていないのでは? や、やっぱり、応仁の乱は早良親王の怨霊のなせる業なんやろか…? (@まけ)

前回の『怨霊絵巻』はコチラ>>

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author:miu-miu2, category:@まけのコロたま!, 20:16
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