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行ってみたい10月の行事 〜赦免地踊と鞍馬の火祭
爽やかな秋晴れの10月。
豊かな実りを感謝して日本各地でいろいろなお祭りが行われていることでしょう。京都でもさまざまな行事が行われます。その中でも、今日は洛北で行われる少し珍しいお祭りをご紹介します。

赦免地踊 〜夢か、幻か? 洛北の奇祭
オニの子孫? 八瀬童子
京の洛北・八瀬郷に住む人々は比叡山延暦寺諸寺の雑役に従事し、天台座主の輿丁として輿を担ぐ役割も果たしていた。

延元元年 (1336)、後醍醐天皇が京都から比叡山へ逃れる際、八瀬の村人は天皇の輿を担いで警護を務めた。その功績により彼らは年貢などの永代免除の綸旨 (りんじ) を下賜された。

中でも特に選ばれた者は宮中に天皇の輿丁として仕えた。特に、天皇の棺を乗せた輿を担ぐ人々として知られている。彼らは「八瀬童子」と呼ばれ、“オニの子孫”と自称したと言うことである。

「赦免地踊」の始まり
江戸時代になると、延暦寺と八瀬郷の間に境界争いが起こった。この争いを宝永4年 (1707) に決着させたのが、時の老中・秋元但馬守。八瀬は土地租税を永久に“赦免”されることになる。

八瀬の人々は感謝を込めて但馬守の没後、彼を祭神とする「秋元神社」を建立し、祭礼を行った。これが「赦免地踊」の始まりである。

静かで優雅な祭
祭の主役は「灯籠着 (とろぎ)」と呼ばれる13〜14歳の少年たち。彼らは美しく化粧を施して女装し、頭上には大きな切子灯籠を乗せている。この灯籠が、とても美しい。六角形の白い灯籠の各面には繊細な赤い切り絵細工が貼り付けられ、いろいろな飾りが付いている。

踊りと言っても、とても静かなものだそうです。闇の中をゆらゆらと、幻のごとく揺れる灯籠。優雅なこの祭は無形民俗文化財に指定されています。

秋元神社「赦免地踊」へのアクセス
【日時】2008年10月12日 20:00頃〜 (神事は10:00〜)
【場所】左京区八瀬秋元町639 八瀬天満宮社内
【電話】075-724-0255 (八瀬郷土文化保存会事務局)
【交通】京都バス17・18「ふるさと前」下車、約2分


鞍馬の火祭 〜紅蓮の炎に心も燃やして
続いては10月22日に行われる「鞍馬の火祭」です。勇壮な祭として知られています。

「鞍馬の火祭」の始まり
もとは御所に祀られていたという由岐明神。平将門の乱などの動乱や天変地異が相次いだ。天慶3年 (940)、時の朱雀天皇が天下泰平を祈って鞍馬の地へ由岐神社を遷宮された。

御所から鞍馬へ、遷宮の行列の長さは約1kmにも及んだと言う。感動した鞍馬の人々はその様子を再現し「鞍馬の火祭」として大切に後世に守り伝えてきた――とのことである。

「鞍馬の火祭」、おおよその内容
18:00。辺りが夕闇に包まれる頃、「神事にまいらっしゃーれー」という「神事触れ (じんじぶれ)」の声を合図に各戸のかがり火が点火される。

まずはミニ松明を手にした幼児が、続いて小型・中型の松明を担いだ小中高生、最後に大人たちが大松明を担いでゆく。この松明は長さ約4メートル、重さは約100キロ。直径は最大で1メートルにもなる巨大なもの。「サイレイ、サイリョウ」と囃しながら練り歩く。

20:00頃、鞍馬寺の山門前に松明が集合する。辺り一面、火の海のよう。側で見ていても熱気を感じるらしい。合図と共に注連縄が切られ、全ての松明は一ヶ所に集めて焼かれる。

21:00頃、神事は神輿渡御へと移る。男たちが石段を駆け上がって神輿を迎えに行く。神輿は鞍馬を巡幸し、御旅所に戻る。その後神楽が奉納され、4本の神楽松明が境内を回り、深夜0時頃祭は終わる。

チョッペンの儀 〜鞍馬独特の成人式?
「鞍馬の火祭」の中の重要な儀式が「チョッペンの儀」である。急な石段をゆっくりと降りる神輿。その担ぎ棒の先端に締め込み姿の若者がぶら下がり、逆さ大の字に足を開く。さらに神輿の担ぎ手が彼らを押し上げる、という大変珍しい儀式。大人への通過儀礼というか、鞍馬独特の成人式の名残であるといわれる。

少年から男性へ、強い大人の男になったことを周囲の人たちにお披露目する意味合いがあるのだろうか? “チョッペン”という言葉とともに何とも不思議な感じがする。

「鞍馬の火祭」そのものが“力強さ”をアピールする勇壮な祭だと思う。大松明の担ぎ手たちの正装束も、

 黒い締め込みと下がり…相撲の力士の力強さ、
 黒い脚絆 (きゃはん) …飛脚の強く早い脚力、
 船頭篭手 (せんどうこて) …船頭の力強い腕力、
 武者草鞋 (むしゃわらじ) …武士に次ぐ地位を示す、

と、いろいろな“強さ”にあやかったもの (あと、背中に“難を転じる”の意味で魔除けとして南天の小枝を指す)。燃え盛る大松明を担いで跳ね上げ、火の粉を撒き散らしながら振り回し、体力的な強さや勇気を示すのだろうと思う。

由岐神社「鞍馬の火祭」へのアクセス
【日時】2008年10月22日 18:00〜24:00頃
【場所】左京区八瀬秋元町639 八瀬天満宮社内
【電話】075-741-4511 (鞍馬の火祭テレフォンサービス)
【交通】叡山電鉄鞍馬線「鞍馬」下車、約5分
    ※当日は叡山電車が臨時運行。
     鞍馬発最終は24:22の予定
【HP】由岐神社公式HP
【参考】KYOTO SHINBUN:鞍馬の火祭

「鞍馬の火祭」「祗園祭」と同じく、祭の終わった翌日から次の祭が始まる、みたいなとこがあるんでしょうね〜。長い期間をかけて準備し、無事にやり遂げたことへの充足感とかも同じだと思います。

「祗園祭」と違うのは、「鞍馬の火祭」では女性も祭に参加することでしょうか? 神輿が石段を降りる際に後ろから綱で引っ張るのは女性の大切な役割だそうです。安産のご利益があるんだとか。また、鉦や太鼓を叩く囃子にも女性が参加するそうです。

「由岐神社」の拝殿は非常に珍しい建築だそうで、コチラについても書いておきます。ぜひ、御覧になってみてください。

「割拝殿」と「大杉社」
慶長12年 (1607) に豊臣秀頼によって再建された「由岐神社」の本殿と拝殿 (重要文化財)。

中でも拝殿は「割拝殿」と呼ばれる珍しい形式である。拝殿の中を参道 (通路) が突き抜けている。しかも左右対称ではなく、右が2間、左が3間とやや片寄っている。

そして、清水寺の“清水の舞台”と同じ懸造 (かけづくり。懸崖造、舞台造とも) という建て方。左右非対称も懸造も、どちらも急斜面の地形を上手く活かしたもの。昔の人の知恵に感動。

拝殿は、大勢の参拝者が一度に正式参拝するためのものだとか。なので、一般的には拝殿は本殿の手前に建てられている。が「由岐神社」では拝殿から本殿は拝めない。少し左手へずれている。

拝殿の正面にそびえ立つのは「大杉社」。樹齢800年、高さ53メートル、根の周りが12メートル余りという杉の大木。「由岐神社」のご神木です。

  @まけ:なぁ、夜なんやろ? 「鞍馬の火祭」って。
      だったら杉の木とか真っ暗で見えへんのちゃう?
  @くみ:あ、そっかぁ〜! ( ̄∇ ̄*)ゞ エヘヘ

。・:*:・゜☆ 。・:*・・゜☆ 。・:*:・゜☆

両方ともたいへん興味深い祭で、いつか行ってみたいと思っています (今年は残念ながらムリなので…)。今回の記事は、その時のためにと少しずつ調べたものです。

私が「八瀬童子」のことを知ったのは昭和天皇の大喪の礼のとき、新聞記事によって。実際に「八瀬童子」の装束をつけて棺に付き添ったのは皇宮警察の方々らしいですが。伝統を守る誇りというか気概というか。そういうものを感じます。

「鞍馬の火祭」に「花背の松上げ」。
洛北には、なぜか火に関する祭や行事が多いですね。う〜ん、何ででしょう??

〜 * 〜 * 〜 * 〜

「鞍馬の火祭」は「時代祭」と同じ日ですねぇ。どっちに行こうか、悩むところですね。 (@くみ)

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author:miu-miu2, category:京の明日, 14:42
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